――或シナリオ――
芥川龍之介
底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
――或シナリオ――
芥川龍之介
57[#「57」は縦中横]
セセッション風に出来上った病院。少年はこちらから歩み寄り、石の階段を登って行(ゆ)く、しかし戸の中へはいったと思うと、すぐにまた階段を下(くだ)って来る。少年の左へ行った後(のち)、病院は静かにこちらへ近づき、とうとう玄関だけになってしまう。その硝子戸(ガラスど)を押しあけて外へ出て来る看護婦(かんごふ)が一人。看護婦は玄関に佇(たたず)んだまま、何か遠いものを眺めている。
58[#「58」は縦中横]
膝の上に組んだ看護婦の両手。前になった左の手には婚約の指環が一つはまっている。が、指環はおのずから急に下へ落ちてしまう。
59[#「59」は縦中横]
わずかに空を残したコンクリイトの塀。これもおのずから透明(とうめい)になり、鉄格子(てつごうし)の中に群(むらが)った何匹かの猿を現して見せる。それからまた塀全体は操(あやつ)り人形(にんぎょう)の舞台に変ってしまう。舞台はとにかく西洋じみた室内。そこに西洋人の人形が一つ怯(お)ず怯(お)ずあたりを窺(うかが)っている。覆面(ふくめん)をかけているのを見ると、この室へ忍びこんだ盗人(ぬすびと)らしい。室の隅には金庫が一つ。
60[#「60」は縦中横]
金庫をこじあけている西洋人の人形。ただしこの人形の手足についた、細い糸も何本かははっきりと見える。……
61[#「61」は縦中横]
斜めに見た前のコンクリイトの塀。塀はもう何も現していない。そこを通りすぎる少年の影。そのあとから今度は背むしの影。
62[#「62」は縦中横]
前から斜めに見おろした往来。往来の上には落ち葉が一枚風に吹かれてまわっている。そこへまた舞い下(さが)って来る前よりも小さい落葉が一枚。最後に雑誌の広告らしい紙も一枚翻(ひるがえ)って来る。紙は生憎(あいにく)引き裂(さ)かれているらしい。が、はっきりと見えるのは「生活、正月号」と云う初号活字である。
63[#「63」は縦中横]
大きい常磐木(ときわぎ)の下にあるベンチ。木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい。少年はそこへ歩み寄り、がっかりしたように腰をかける。それから涙を拭(ぬぐ)いはじめる。すると前の背むしが一人やはりベンチへ来て腰をかける。時々風に揺(ゆ)れる後(うし)ろの常磐木。少年はふと背むしを見つめる。が、背むしはふり返りもしない。のみならず懐(ふところ)から焼き芋を出し、がつがつしているように食いはじめる。
64[#「64」は縦中横]
焼き芋(いも)を食っている背むしの顔。