――或シナリオ――
芥川龍之介
底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
――或シナリオ――
芥川龍之介
41[#「41」は縦中横]
彼の手に持った一本の帯。帯は前後左右に振られながら、片はしを二三尺現している。帯の模様は廓大(かくだい)した雪片(せっぺん)。雪片は次第にまわりながら、くるくる帯の外へも落ちはじめる。
42[#「42」は縦中横]
メリヤス屋の露店(ろてん)。シャツやズボン下を吊(つ)った下に婆(ばあ)さんが一人行火(あんか)に当っている。婆さんの前にもメリヤス類。毛糸の編みものも交(まじ)っていないことはない。行火の裾(すそ)には黒猫が一匹時々前足を嘗(な)めている。
43[#「43」は縦中横]
行火の裾に坐っている黒猫。左に少年の下半身(かはんしん)も見える。黒猫も始めは変りはない。しかしいつか頭の上に流蘇(ふさ)の長いトルコ帽をかぶっている。
44[#「44」は縦中横]
「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買いなさい。」
「僕は帽子さえ買えないんだよ。」
45[#「45」は縦中横]
メリヤス屋の露店を後ろにした、疲れたらしい少年の上半身(じょうはんしん)。少年は涙を流しはじめる。が、やっと気をとり直し、高い空を見上げながら、もう一度こちらへ歩きはじめる。
46[#「46」は縦中横]
かすかに星のかがやいた夕空。そこへ大きい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来る。顔は少年の父親らしい。愛情はこもっているものの、何か無限にもの悲しい表情。しかしこの顔もしばらくの後(のち)、霧のようにどこかへ消えてしまう。
47[#「47」は縦中横]
縦(たて)に見た往来。少年はこちらへ後(うし)ろを見せたまま、この往来を歩いて行(ゆ)く。往来は余り人通りはない。少年の後ろから歩いて行く男。この男はちょっと振り返り、マスクをかけた顔を見せる。少年は一度も後ろを見ない。
48[#「48」は縦中横]
斜めに見た格子戸(こうしど)造りの家の外部。家の前には人力車(じんりきしゃ)が三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。角隠(つのかく)しをつけた花嫁(はなよめ)が一人、何人かの人々と一しょに格子戸を出、静かに前の人力車に乗る。人力車は三台とも人を乗せると、花嫁を先に走って行く。そのあとから少年の後ろ姿。格子戸の家の前に立った人々は勿論少年に目もやらない。