浅草公園

――或シナリオ――
芥川龍之介

浅草公園書籍情報


底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年3月24日第1刷発行
   1993(平成5)年2月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり

浅草公園 5

――或シナリオ――
芥川龍之介

          33[#「33」は縦中横]

 斜(ななめ)に見た標札屋(ひょうさつや)の露店(ろてん)、天幕(てんと)の下に並んだ見本は徳川家康(とくがわいえやす)、二宮尊徳(にのみやそんとく)、渡辺崋山(わたなべかざん)、近藤勇(こんどういさみ)、近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)などの名を並べている。こう云う名前もいつの間(ま)にか有り来りの名前に変ってしまう。のみならずそれ等の標札の向うにかすかに浮んで来る南瓜畠(かぼちゃばたけ)……

          34[#「34」は縦中横]

 池の向うに並んだ何軒かの映画館。池には勿論電燈の影が幾つともなしに映っている。池の左に立った少年の上半身(じょうはんしん)。少年の帽は咄嗟(とっさ)の間(あいだ)に風のために池へ飛んでしまう。少年はいろいろあせった後(のち)、こちらを向いて歩きはじめる。ほとんど絶望に近い表情。

          35[#「35」は縦中横]

 カッフェの飾り窓。砂糖の塔、生菓子(なまがし)、麦藁(むぎわら)のパイプを入れた曹達水(ソオダすい)のコップなどの向うに人かげが幾つも動いている。少年はこの飾り窓の前へ通りかかり、飾り窓の左に足を止めてしまう。少年の姿は膝の上まで。

          36[#「36」は縦中横]

 このカッフェの外部。夫婦らしい中年の男女(なんにょ)が二人硝子(ガラス)戸の中へはいって行く。女はマントルを着た子供を抱(だ)いている。そのうちにカッフェはおのずからまわり、コック部屋の裏を現わしてしまう。コック部屋の裏には煙突(えんとつ)が一本。そこにはまた労働者が二人せっせとシャベルを動かしている。カンテラを一つともしたまま。……

          37[#「37」は縦中横]

 テエブルの前の子供椅子(いす)の上に上半身を見せた前の子供。子供はにこにこ笑いながら、首を振ったり手を挙げたりしている。子供の後ろには何も見えない。そこへいつか薔薇(ばら)の花が一つずつ静かに落ちはじめる。

          38[#「38」は縦中横]

 斜めに見える自動計算器。計算器の前には手が二つしきりなしに動いている。勿論女の手に違いない。それから絶えず開かれる抽斗(ひきだし)。抽斗の中は銭(ぜに)ばかりである。

          39[#「39」は縦中横]

 前のカッフェの飾り窓。少年の姿も変りはない。しばらくの後(のち)、少年は徐(おもむ)ろに振り返り、足早(あしばや)にこちらへ歩いて来る。が、顔ばかりになった時、ちょっと立ちどまって何かを見る。多少驚きに近い表情。

          40[#「40」は縦中横]

 人だかりのまん中に立った糶(せ)り商人(あきゅうど)。彼は呉服(ごふく)ものをひろげた中に立ち、一本の帯をふりながら、熱心に人だかりに呼びかけている。